浦和地方裁判所 昭和57年(行ウ)14号 判決 1986年8月04日
原告
木村澄夫
原告
金久保吉雄
右両名訴訟代理人弁護士
里村七生
同
安養寺龍彦
被告
岩槻市長
右訴訟代理人弁護士
岩谷彰
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
(原告ら)
「一 主位的請求
被告が埼玉コンサルタント株式会社(以下「埼玉コンサルタント」という。)及び株式会社松永建設(以下「松永建設」という。)に対して、右両会社が岩槻市土地開発公社(以下「公社」という。)との間の岩槻市立新設中学校(以下「柏陽中」という。)建設予定地(同市真福寺字新堤四五四番地外、約四万二〇〇〇平方メートル、以下「本件土地」という。)の地盤改良のための地質調査及び造成設計並びに造成工事の契約に基づきなした、同地盤改良設計及び同工事によつて岩槻市(以下「市」という。)の被つた金二億〇三七〇万円の不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しないことは違法であることを確認する。
二 予備的請求
被告が、市が公社に対して有する昭和五六年三月三一日付本件土地の売買契約上の瑕疵担保責任による損害賠償請求権をもつて公社に代位し、公社が埼玉コンサルタントに対して有する本件土地地盤改良のための地質調査及び造成設計契約上の損害賠償金二億〇三七〇万円あるいは一〇〇〇万円の請求権を行使しないことは違法であることを確認する。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決
(被告)
主文同旨
第二 当事者の主張
原告ら
一 原告らは市の住民であり、被告は岩槻市長である。
二 事故の発生
1 市は、市立中学校(柏陽中)を新設するにあたり、公社に対し、土地取得業務を委託し、公社は、新設中学校用地として本件土地を取得し、埼玉コンサルタントに対し、昭和五五年六月一三日本件土地の測量、地盤改良のための地質調査及び造成設計監理(以下「本件設計等」という。)を、同年一〇月松永建設に造成工事(以下「本件造成」という。)をそれぞれ請負わせ、昭和五六年三月本件設計等に基づき本件造成工事は完了した。
2 市は、公社から、同月三一日本件土地を買い受け、同地上に校舎建設工事を開始し、その地中に約二〇〇本の基礎杭(PC杭、以下「本件基礎杭」という。)を打ち込んだところ、その多数に横ずれ(杭変位現象)が生じた(以下「事故」という。)。
(主位的請求)
三 埼玉コンサルタントの責任
1 埼玉コンサルタントは、前記設計においてサンドコンパクション工法による砂杭打ち込み後約三か月の経過で本件土地の圧密沈下が終了し、その地盤強度が校舎建築に耐えられるとの判断を示し、この判断のもとに二2のとおり校舎の建築工事が開始されたが、本件土地の地盤沈下は完成しておらず(本件土地の実測圧密度は、事故後の昭和五六年七月一三日において、六五・六パーセントないし七六・四パーセントで、なおその後三九センチメートルないし五〇センチメートルの沈下が予想されるものであつた。)、未だその強度が十分でなかつたため、三メートルの掘削による偏土圧により地盤が動いたこと(ヒービング現象)により、事故が発生したものであり、事故は埼玉コンサルタントの過失による右判断に基づくものであるから、埼玉コンサルタントは、事故によつて生じた損害につき不法行為に基づく賠償責任を負う。
2 仮に、本件土地の圧密沈下が終了していたとしても、校舎建設のための掘削工事は、その土地の範囲が広く、これが局部的に地盤が弱い箇所を含む可能性は大きいのであるから、地盤の強度には細心の注意を払う必要があり、控えめな土質常数基礎により計算するべきであつて、前記判断には過失がある。
四 松永建設の責任
松永建設は、埼玉コンサルタントと協議のもと、本件土地の地盤改良工事(本件造成)を行なうにつき、右工事に不適切なサンドコンパクション工法を選定した過失があり、右過失により事故が発生したのであるから、埼玉コンサルタントと連帯して事故によつて生じた損害につき不法行為による賠償責任を負う。
五 損害
事故発生のため、本件基礎杭は、校舎の基礎杭としては全く用をなさないこととなり、校舎建設工事は中断され、市は、昭和五六年七月株式会社応用地質調査事務所(以下「応用地質」という。)に対し、地盤改良のための調査設計を依頼し、同年サーチャージ工法に基づく地盤改良工事をなさざるを得なくなり、また、柏陽中の開校予定期日に新校舎完成が不可能となり、このため、プレハブ校舎を賃借せざるを得なかつた。
市が被つた事故と相当因果関係のある出捐(損害)は次のとおりである。
(一) 地盤調査設計費用 四三〇万円
(二) 地盤改良工事費用 六一九〇万円
(三) プレハブ校舎賃借料 一億三七五〇万円
合 計 二億〇三七〇万円
六 以上のとおり、市は、埼玉コンサルタント及び松永建設に対し、共同不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているところ、被告は、これを行使せず、市の財産管理を誠実になす法的義務を怠つている。
(予備的請求)
七 市は、公社から、昭和五六年三月本件土地を一二億六四九九万〇四四二円で買い受けたところ、事故が発生し、本件土地に造成未了の瑕疵(圧密沈下未了のための地盤強度不備)のあることが判明した。従つて、公社は市に対し瑕疵担保責任がある。
市と公社が、それぞれの代表者を共に岩槻市長(被告)とする事実上一体のものであることは、被告主張のとおりである。
八 埼玉コンサルタントは、公社との間に、昭和五五年六月一三日、本件設計等の契約を締結したが、埼玉コンサルタントの仕事の目的物には、前記三のとおり、瑕疵があつたから、公社に対し請負契約上の担保責任を負う。
九 損害
1 前記五のとおり 二億〇三七〇万円
2 仮に、事故が不可抗力であつて、埼玉コンサルタントに過失がなかつたとしても、本件設計等の契約につき測量を除き、その目的を達し得なかつたのであるから、公社は、右契約の代金(一三〇〇万円)から、測量費用(三〇〇万円)を控除した一〇〇〇万円の損害を被つた。
一〇 市は、公社に対し、売買契約上の瑕疵担保責任により九1の損害賠償請求権を有し、これに基づき公社が埼玉コンサルタントに対して有する請負契約上の担保責任による損害賠償請求権(その額は、九1あるいは九2のとおり)を代位行使し得るところ、被告は、これを行使せず、もつて、市の財産管理を誠実になす法的義務を怠つている。
一一 監査請求
原告らは、市監査委員に対し、昭和五七年九月七日被告が埼玉コンサルタント及び松永建設に対し、損害賠償請求するよう措置を求める監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)ところ、市監査委員は同月三〇日付書面をもつてこれを却下し、その旨通知した。
よつて、原告らは、地方自治法二四二条の二により、被告に対し、主位的に、被告が市の埼玉コンサルタント及び松永建設に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しないこと、予備的に、被告が市の公社に対する売買契約上の瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づき、公社が埼玉コンサルタントに対して有する請負契約上の損害賠償請求権を代位行使しないことの違法確認を求める。
(被告・認否及び主張)
一 請求原因一の事実は認める。
二1 請求原因二の事実は認める。(公社は、埼玉コンサルタントに対し、柏陽中造成工事の測量、調査、設計及び施行監理の業務委託をしたものである。)
2 柏陽中建設に伴う本件土地の地盤改良工事の実施経緯は別紙記載のとおりである。
三1 請求原因三の事実のうち、本件土地の地盤改良のためにサンドコンパクション工法が採用されたこと、本件土地の一部においてヒービング現象が発生したことは認め、その余は否認し、その主張は争う。
2 事故の発生原因は、土質常数を控えめにしなかつたことではなく、本件土地の一部に異常に多量の腐植土が存したためであり、この点まで予想して地盤改良をすることは、予算の点からも、技術上の見地からも不可能であつた。
右腐植土の存在を予知するためには、本件土地内において、数百か所もボーリングしなければならない。
3 埼玉コンサルタントに対する本件設計等及び松永建設に対する本件造成は、公社が発注したものではあるが、発注にかかる業務は、公社理事長から被告あてに業務委託され、右工事はすべて昭和五六年三月三〇日市工事検査室の検査員により、市工事検査規則及び市工事検査技術基準に基づいて検査され、その検査基準に合格し、市が公社から同月三一日に買受けたものであり、右売買価格は、公社が土地鑑定評価書に従つて地主から買受けた価格に、その金利、調査造成の諸費用を合算した額である。
四 請求原因四の事実は否認し、その主張は争う。
サンドコンパクション工法は、本件土地の改良工法としては、現在の建築土木工学上考え得る最良の方法である。
五 請求原因五の事実のうち、原告主張の出捐があつたことは認め、その余の事実は否認する。
事故発生により必要になつた費用は、松永建設に対し追加注文したサーチャージ工事の工事代金の六一九〇万円(うち一四五九万六〇〇〇円は他に再利用した。)と、プレハブ校舎賃借料一億三七五〇万円の合計一億九九四〇万円(実質一億八四八〇万四〇〇〇円)である。
六1 請求原因七の事実のうち、市が公社から本件土地を買い受けたこと、事故が発生したことは認め、本件土地に瑕疵が存在したことは否認する。
2 本件土地自体の有体的、物理的欠陥を瑕疵と捉えるべきであるところ、事故は、本件造成工事の結果生じたもので、本件土地自体の欠陥によるものではない。
3 また、市と公社は、それぞれの代表者を共に岩槻市長(被告)とする事実上一体のものであり、住民訴訟においては、公社を含めた市が第三者に対して有する権利の不行使を問題とすべきである。
七 請求原因八の事実のうち、契約締結の点は認め、その主張は争う。
八 請求原因九2の事実及び主張は争う。
九 請求原因一一の事実は認める。
第三 証拠<省略>
理由
一1 原告らが市の住民で、被告が岩槻市長であることは、当事者間に争いがない。
2 監査請求
原告らが市監査委員に対し、昭和五七年九月七日本件監査請求をし、市監査委員が同月三〇日付書面をもつてこれを却下し、その旨原告らに対し通知したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右却下の理由は、第一に原告らの請求内容が市の他の住民によつてなされた監査請求の内容と同一内容であり、既に回答済みであること、第二に地方自治法二四二条二項にいう監査請求期間は本件の場合事故が新聞報道された昭和五六年八月二六日から起算すべきであるから、本件監査請求は右期間(一年)を経過し、よつて監査請求は許されないというものであると認められる。
しかし、他の住民によりすでに同一内容の監査請求がなされたことは、たとえ右請求につき監査の結果が公にされている場合でも、その後になされた監査請求を不適法とするものではなく、また、原告らの本件監査請求は同法二四二条一項の定める怠る事実に関するものであるところ、怠る事実に関する監査請求には同法二四二条二項の適用はないものと解され、いずれも本件監査請求を適法とすることを妨げるものではないから、本件請求については適法に監査請求の手続を経由したものということができる。
二事故の発生
1 市が市立中学校(柏陽中)を新設するにあたり、公社に対し、土地取得業務を委託し、公社が新設中学校用地として本件土地を取得し、埼玉コンサルタントに対し昭和五五年六月一三日本件土地の測量、地盤改良のための地質調査及び造成設計監理(本件設計等)を依頼し(その契約の性格については後述する。)、同年一〇月松永建設に本件造成工事を請負わせ、本件土地の地盤改良工法としてサンドコンパクション工法が採用施行され、昭和五六年三月本件造成工事が完了し、市が公社から同月三一日本件土地を一二億六四九九万〇四四二円で買い受けたこと、その後校舎建設のため、本件土地の地中に本件基礎杭を打ち込んだところ、その多数に横ずれが生じたことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右横ずれは、本件土地を校舎建設のため、二・九メートル掘削した後生じたものであることが認められる。
(主位的請求について)
三埼玉コンサルタントの過失について
原告らは、埼玉コンサルタントには、本件土地の圧密沈下が未了なのに、これが終了し、その地盤強度が校舎建築に耐えられると判断した過失がある旨主張する。
1 埼玉コンサルタントの判断について
<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。
本件造成工事施行前、本件土地の表土は、腐植土層(植物の腐敗堆積層)からなり、盛土するにはその地盤改良工事が必要なこと、埼玉コンサルタントが、地質調査に基づいて、盛土による地盤の圧密沈下に必要な期間、盛土限度高を計算して、本件造成工事の設計をし、設計に従つた工事がなされるよう監理したこと、市は、公社から本件工事に関する事務を業務委託されて、昭和五六年三月末頃、埼玉コンサルタントの従業員立会いの下、市工事検査室の検査員が本件造成工事の完成検査を行なつたこと、この完成検査は岩槻市工事検査規則、岩槻市工事検査技術基準に従つて行なわれ、岩槻市工事検査技術基準は、盛土の締固めが、所定厚ごとに十分締固めたものかの確認、盛土が地盤に密着し、すべることのないように施工されているか等を検査基準としていること、市の検査員は本件土地の三又は四か所の盛土の厚さ、標高を調べ、これと本件工事施工前の標高から沈下量を計算したほか、本件工事が松永建設に対する造成工事の仕様書どおりに施行されているかを調べ、本件工事はその完成検査に合格したこと。
以上の事実によれば、本件工事は、埼玉コンサルタントの設計に基づいてなされ、本件造成工事の完成検査時、本件土地の圧密沈下は埼玉コンサルタントの設計にほぼ合致していたものということができるから、圧密沈下終了の判断は埼玉コンサルタントの設計に基づいてなされたものということができる。
2 <証拠>によれば、埼玉コンサルタントは、地質学上の計算式に基づいて、本件土地における圧密沈下の期間を計算したことが認められ、この計算方法自体に、誤りがあつたとする証拠はない。
また、<証拠>によれば、事故発生後、事故対策のため地質調査を委託され、報告書(甲第二号証)を作成したが、この報告においても本件土地の圧密沈下は、理論上、別紙図面既B―1(以下本件土地における地点を同図面において使用された符号を用いて既B―1、B―1等と示す。)で約九六・四パーセント、B―3で、約九七・四パーセントであることが認められる。
3 <証拠>によれば、応用地質の右報告においては、圧密度を、間隙水圧測定結果と実測沈下量により検討したところ、B―5における間隙水圧測定結果に基づく圧密度(盛土により上昇した地下水の圧力が、沈下に伴い消散してもとに戻ることを利用して計算する。)は約六五・六パーセント、昭和五六年七月一三日における実測圧密沈下量に基づく圧密度は、既B―1において七一・九パーセント、既B―3において七六・四パーセントで、その後三九センチメートルないし五〇センチメートルの沈下が予想されるものとし、右報告は、昭和五六年三月末の本件工事完成検査時、本件土地において、圧密沈下が終了していなかつたとするものであることが認められる。しかし、
(一) <証拠>によれば、右報告は、事故対策のため調査し、報告したものであり、本件土地の掘削時の安定について、通常の盛土の強度を基礎にすると安定を示す数値が得られるのであるが、一旦事故が発生したことを重視して、校舎建設の目的を達成するために、極めて控えめな数値を基礎としたものであることが認められる。
(二) <証拠>によれば、サンドコンパクション工法には沈下低減効果(砂杭を造成することにより、沈下量を減らす効果、杭効果)があるところ、応用地質の報告における実測圧密沈下量による計算においては、この沈下低減効果が考慮にいれられていないこと、間隙水圧測定結果に基づく圧密度は、もとの間隙水圧が静水圧であつたと仮定した計算であり、また、サンドコンパクション工法が施工された場合、間隙水圧までもどりにくいことが多く、間隙水圧は沈下量と必ずしも一致しないことが認められる。
以上を総合すれば、<証拠>によつては、本件工事終了後、本件土地の圧密沈下が終了していなかつたと認めることはできず、他にサンドコンパクション工法終了後本件土地の圧密沈下が終了していなかつたと認めるに足る証拠はない。
4 事故の原因
前記二のとおり、本件土地における校舎建設工事のため、本件土地に本件基礎杭が打ち込まれ、本件土地の一部が二・九メートル掘削されたところ、本件基礎杭の横ずれが生じたこと、前記1のとおり、本件造成工事完成検査時、本件土地は、埼玉コンサルタントの設計通りの圧密沈下を了しており、<証拠>によれば、応用地質による調査の際、掘削場所であるB―3の盛土下面(腐植土の上面)の標高が他の調査地点に比べて高く(最大二・一二メートル)盛り上がつていたといえること、本件基礎杭が横ずれをおこした本件基礎杭の周辺地盤は破壊し、沈下していたことから、掘削により偏土圧が生じたところ、本件土地に局部的に超軟弱地盤が存在したため、局部的にヒービング現象(偏土圧による土の盛り上がり現象)が生じ、これに伴い周囲の地盤が動いたと考えられることが認められる。
以上1ないし4の事実によれば、本件土地は、全体としての圧密沈下は終了しており、事故は、本件土地に局部的に極めて弱い箇所が存在したため、掘削によるヒービング現象が生じたことにより、発生したものということができる。
よつて、圧密沈下未了を前提とする原告らの主張は失当である。
5 原告らは、校舎建設のための掘削工事は、その土地の範囲が広く、これが局部的に地盤が弱い箇所を含む可能性は大きいのであるから、地盤の強度には細心の注意を払う必要があり、控えめな土質常数基礎により計算するべきである旨主張する。
しかし、<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。
腐植土の強度は、本件土地の地盤改良設計の際考慮されていたものであり、事故発生の原因となつた局部的軟弱地盤の軟弱さは、通常考えられている腐植土の軟弱さを超えるものといえること、また、腐植土は一メートル離れるとその構成が異なる不均質なものであること、サンドコンパクション工法施工中には局部的軟弱地盤の存在は判らないこと、腐植土として想定し得る以上に弱い箇所の存在にまで対処する地盤改良の工法としては、置換法(軟弱な土を掘削除去し、良質な材料と入れ換える方法。軟弱層が一ないし二メートルと薄い場合に適する。)しか有りえず、本件土地の軟弱層は、厚さ約一二メートルに及ぶことが認められ、以上の事実によれば、地質調査の地点が偶然局部的に軟弱な地盤に合致した場合は格別、事故以前にその局部的軟弱地盤の存在は知りえないということができる。
そして、控えめな土質常数基礎による計算により、局部的軟弱地盤の存在によるヒービング現象の発生を防ぐことができ、事故発生を回避し得たと認めるに足る証拠はないから、原告らのこの点の主張は失当である。
以上検討したとおり、埼玉コンサルタントの過失は認められないから、原告らの主位的請求における埼玉コンサルタントに過失がある旨の主張は失当である。
四松永建設の過失について
松永建設が埼玉コンサルタントと協議のもと、本件土地の地盤改良工事を行なうにつき、サンドコンパクション工法を選定したと認められる証拠はなく、却つて、<証拠>によれば、サンドコンパクション工法は、埼玉コンサルタントと市との協議により昭和五五年七、八月頃選定され、その後の同年一〇月に松永建設が本件工事の請負人に決定したものと認められる。
従つて、原告らの、松永建設が本件造成工事にサンドコンパクション工法を選定したことを前提とする松永建設に過失がある旨の主張は、失当である。
よつて、その余の事実について判断するまでもなく、埼玉コンサルタント及び松永建設が不法行為に基づく損害賠償責任を負うことを前提とする原告らの主位的請求は理由がない。
(予備的請求について)
五公社と埼玉コンサルタントとの間の契約の性格について
1 公社が、埼玉コンサルタントとの間で、昭和五五年六月一三日、本件設計等を依頼する契約を締結したことは前記二のとおりである。
2 右契約の内容中本件造成工事が設計どおりになされているかを監理することは事務にあたり、監理を受託したことをもつて仕事の完成を約したということはできず、監理の点については、準委任の性格をもつものというべきである。
3 <証拠>によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。
埼玉コンサルタントは市作成の仕様書に従い、本件土地においてボーリングによる地質調査を六か所行なつて、その地質調査の結果に基づき、地質学的に地盤改良の要否と地盤改良のための工法を安全性、工期のほか経済性の観点から、比較検討し、その結果を市の担当者に報告し、市が柏陽中開校のため本件土地の造成工事を短期に行なうことを重視したため、サンドコンパクション工法を採用することになつたこと、本件土地に予定される盛土の量を考慮して、地質学的に採用された工法による圧密沈下量、圧密沈下期間等を計算し、地盤の造成工事の設計をしたことが認められ、前記三4のとおり、腐植土として想定し得る以上に弱い箇所の存在にまで対処する地盤改良の工法としては、置換法しか有りえないことに鑑みれば、埼玉コンサルタントが市に約した仕事の内容は地質調査に基づき、地質学の知識などを利用して、市の要望を取り入れた上造成工事の設計をすることにあつたということができ、この点においても公社と埼玉コンサルタントとの間の前記契約を請負ないしその性格を有するものとみることはできない。
原告らは、埼玉コンサルタントの設計による本件造成工事後の本件土地の地盤が、建築工事中に破壊し、校舎建設に耐えられなかつたことから、埼玉コンサルタントの設計には瑕疵があるとする。しかし、前記三4で述べたとおり、前記の契約は、地質学の知識などを利用して、市の要望を取り入れた上造成の設計をするというものであるから、通常想定し得ない局部的軟弱地盤をも改良することはその仕事の内容に含まれていなかつたものといえ、前記認定事実によれば、埼玉コンサルタントは、右意味における設計を行なつたということができる。
よつて、その余の事実について判断するまでもなく、埼玉コンサルタントが瑕疵担保に基づく損害賠償責任を有することを前提とする原告らの予備的請求は理由がない。
以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官松井賢徳 裁判官原 道子 裁判長裁判官高山晨は転補のため署名捺印することができない。裁判官松井賢徳)